それはなんとも甘美な秘密
結菜様へ相互記念として捧げた代物の再録です。
――秘密の話をしよう。二人だけの秘密の話―――
月のない夜だった。
されど、夜でこそ輝く歓楽街はそんなことなどいざ知らず。派手に装飾された看板は煌びやかに街を照らす。艶やかな衣服を身にまとった各々の店の者達は、夜の街のさらなる光と影渦巻く場所へと人々を誘う。果たしてそれは悪魔の誘いか、はたまた天使の呼び声なのか。それは頬をわずかに紅潮させた人々には知りえぬこと。ここは、嘘と混沌が渦巻く場所であり、光輝く夢のような場所。深夜をとっくに過ぎたというのに、その場所だけは静けさを知らない。いや、これからが本番といったところだろうか。
しかし、その街も一歩小路に足を踏み入れれば、まるで別世界が広がっていた。
隠しきれない夜の街の裏の顔が大きな口を開けている。喧騒すら遠くに聞こえ、街灯など無いに等しかった。代わりに満ちているのは濃い闇の気配のみ。隠しきれない陰の場所には、通常の人間は足を踏み入れることなど考えもしないだろう。恐れることなく進めるのはきっと、闇に身を潜めて生きるその種の者たちだけ。
ふと、静寂を保つその場に甲高いヒールの音が響き渡る。
よどみなく進む足取りは、この空間への恐れなど何一つ感じられなかった。月のない今夜ほど、視界は暗闇に包まれているだろうに、躊躇は一かけらもみられない。一定の速さで動くその足は、真っ赤なピンヒールに包まれ、細い脚は真紅のチャイナドレスのスリットから見え隠れしている。その腕には両手でたりるほどの小さな犬が抱かれていた。純白の毛並みを持つその犬は、彼女の腕から、何かの気配を探るように顔をあちらこちらへと動かしている。
――犬の動きが一か所を見て静止し、気づくいた女もまた歩みを止める。
数秒にもない時間、闇のさらに奥を見据えていた白き犬は、女の腕から抜け出すと迷いなく視線の先の闇の中へと走っていった。そして、女もまた白き犬の行動を予知していたかのように、ゆっくりとした足取りで彼の犬の後に続く。角を曲がれば、そこには壊れかけの街灯がまるで信号を送るかのように点滅を繰り返していた。先ほど歩いてきた道よりもはるかに狭いその場所を、女は特に気にも留めず歩みを進め、街灯のすぐそばで立ち止まる。
人工的な光に照らされ、淡い桃色の髪がかすかな風にたなびく。彩られた唇は、服に合わせて紅が塗られていた。まるで鮮血がごとく潤うそれは、緩やかな弧を描いている。そして、青とも紫ともいえない大きな瞳は長いまつげに彩られ、光の届かぬ漆黒の闇、ただ一点を凝視していた。
視線の先に浮かびあがるのは、男のシルエット。
男は、革靴を響かせて女のほうへ近づいていく。あまりにもゆっくりなそれはまるで女を焦らすように。
足先からだんだんと街灯に照らされて、男の姿が明らかになる。上等な革靴に、これもまた上等そうな漆黒のスーツ。ワインレッドのYシャツはまるで浴びた血のように。腕には先ほどまで女の腕の中にいた白き犬が、男に懐くようにすり寄っている。蜂蜜色の髪が歩く拍子にさらさらと揺れている。
女の数歩先で、男もまた歩みを止める。
女の青き瞳と、男の紅き瞳の視線が絡み合い、同時に浮かぶのはその場にそぐわない柔らかな笑み。
すると、二人をまるで隠すかのように、壊れかけの街灯がひときわ頻回に点滅をし、とうとう役目を終えて光を失う。あたりは一瞬にして漆黒の闇に包まれ、あとには静寂だけが残った。
「え~と、じゃあ、今日から数日よろしくたのむわ」
まるでやる気のない声で死んだ魚のような目を向けるのは、金髪の男。
「…1日だ」
その男に青筋を隠すこともしない瞳孔が開き気味の黒髪の男は、不機嫌そうに一言だけつぶやく。
「ひっじかったく~ん。君ってそんなに薄情だったの?」
「つーか!この店人足りてるだろうがよ!」
「仕方ねーだろ、上の命令なんだから」
「…チッ」
黒髪の男は、自分でもわかっていることを指摘されて、思わず舌打ちをこぼした。
「…すみません、土方さん。ボスも本当に、何を考えているんだか…」
そう苦笑気味に話しに入ってきたのは、優しそうな頬笑みを浮かべたケツアゴの男。
「ああ、てめぇが謝る必要はねぇよ。ただ俺は、こいつが気にいらねぇだけだ」
「俺はあんたが気に入らねぇでさァ。死んで下せぇ土方さん」
ごく自然に上司への毒舌を滑り込ませたのは、蜂蜜色の髪の紅の瞳をもつ男。飄々と言い放った割に、辛辣な言葉が多い彼は、たとえ上司に怒鳴られようとどこ吹く風である。
「うるさいでさァ。土方さん。耳が壊れちまいやさァ」
「てめェが怒らしたんだろうが!…ったく、なんでお前もヘルプで呼ばれてんだよ。うちの店大丈夫なのか?」
「確かにな~。お前らそれでもトップだっけか?ま、金さんには劣るけど」
「…そんな死んだ魚のような目をしたお前には言われたくねェ」
「瞳孔開き気味のチンピラには言われたくないしー」
「はぁ。また始まりやした。ケツアゴ、どうにかしろィ」
「はいは…って、ほとんど会ったこともないのにケツアゴってひどくないですか!?」
「名前しらないんで。それに愛称付けたほうが親しみがこもるってもんでさァ」
「こもるかァァァァァ!!こもってんのは純度100%の悪意だけだァ!」
「さすがだね、沖田君。新八の特徴とらえてるじゃねーか。それと地味と眼鏡と地味とツッコミと地味がこいつの特徴だよ」
「結局地味じゃねぇかァァァァ!!」
結局4人ともが騒ぎ出してしまう。その光景をどこか畏怖と尊敬の念を込めて見つめているのは他の男達。少しだけ派手なスーツと高級そうなアクセサリー。普通の男共よりも格段に端正な顔立ちをしている彼らであっても、ばか騒ぎをしている男4人とは雲泥の差があった。
煌びやかな夜の街との代名詞ともなる歌舞伎町に、この店は位置していた。室内はソファがいくつも並び、棚には高価な酒が置かれている。窓はなく、全体的に暗い雰囲気のこの店は、言わずと知れたホストクラブの名店であった。
名を、Soulという。
他とは別格のホスト達が存在するこの店は、老若男女にご贔屓とされている。その中でも、最も指名率が高く店のNo1とされるのが金髪に、深い紅色の瞳をもつキンこと、坂田金時だった。そして、一応2位に座するのは眼鏡に黒髪、ケツアゴが特徴のシンこと、志村新八。
そして、Soulとは兄弟店である、Changeから応援として来ているのがかの店のNo1とNo2の二人。蜂蜜色の髪に紅茶色の瞳、顔が恐ろしく整い甘いベビーフェイスをもつソウこと、沖田総悟。黒髪に瞳孔の始終開ききった瞳を持つトシこと、土方十四郎。
今回は、数人抜けてしまったホストの穴あきを埋めるためということで二人が駆り出されているのである。ただ、土方が見るところ、人材には困っていないように見えた。それなら、トップが二人もいなくなってしまったChangeの店のほうが十分困るように思える。だからこそ、ボスの考えることがわからなかった。
ボス―それは、このホストクラブのパトロンでもあり、ある裏組織のトップのことである。
裏の世界とつながりやすいホスト業界でも名店と言われ、一目を置かれる存在となってしまったわけには、ホストの質の高さだけでなく、裏世界のドンである、巨大中国マフィア『夜兎』が経営をしていることも理由の大半を占める。そして、その若き女ボスがこの店の実質的なオーナーであった。
「…だからあんたら!……あ、電話だ」
怒鳴りあいを続けていた新八が、胸ポケットにいれてある携帯のわずかな振動を感じて慌てて取り出すと、表示されている名前に一瞬目を見開き、すぐさま通話ボタンを押す。そして部屋の隅へと移動していった。
「…誰からだ?」
「俺に聞かないでくだせえ」
まるで興味がないというように店内をうろちょろとする総悟に、土方はまた一つため息をつく。随分長いことこの少年を見てきたが、いまだに何を考えているのかわからないのだ。はりつけられたポーカーフェイスは一度もはがれたことがなく、見たいとは思わないがそこまでやってて疲れないのかと考えたりはする。とまあ、自分も人の事を言えた義理ではないので口に出したことは一度もないけれど。
そんなことをボーッと考えていると、電話が終わったのか、少しだけ焦った顔をしながら新八がこちらを振り向いた。
「ボスが、後5分で到着するそうです」
「「はぁ?」」
「いや、なんか理由は教えてくれなかったんですけど…ってそうだ、こんなとこで話してる場合じゃないですよ!迎えに行かなきゃ!」
「…はぁ、なんであの女はこう神出鬼没なんだろな」
「俺が知りたいっつーの。とにかく外出るか…」
そうしてあわただしく店のホスト達が外へと飛び出していく。何といっても彼らが後ろ盾のしかもボスだ。出向くのが当たり前だった。
ただ、その中で一人、他のものとは別の方向へ歩みを進めるものがいた。
沖田総悟、その人である。
いち早く気づいた土方は、不審そうに眉を寄せる。
「おい、総悟!どこ行くんだ!外に出るぞ」
「俺は準備してやさァ。ボスだって一人くらいかけててもわかりやせんよ」
「んなわけないだろ…。おい、総悟!!」
「大丈夫でさァ。つか中に入って何も用意されてなかったらそれこそ怒られやすぜィ」
そうして歩みを進めながらも手をにひらひらと振り、奥まった個室へと姿を消すのを見届け、土方は舌打ちをする。あいつは、自分がどれだけあの女に気に入られているかわからないのだろうか。Changeの店に顔を出す時も、必ず彼を指名するというのに。相手は女とはいえ、マフィアのボスである。そいつに対しても態度が変わらない総悟がある意味怖いと思った。そして、その態度に対し何も文句を言わないボスもまた、奇妙だと。
遅ればせながら外へ出ると、車がちょうど着いたところだった。漆黒のベンツから、いかにもという感じのサングラスをかけた男が後部座席の扉を開く。
現れたのはまばゆいほどの白い脚。折れてしまいそうな真っ赤なピンヒールを地面に下ろすと、白いファーを肩にかけ、龍が描かれた真紅のチャイナドレスに身を包む女―ボスが車から出てくる。
総悟ではないが、これまた恐ろしく整った顔を艶やかな笑みで色どり、並んで出迎えるホストを見渡す。すぐ近くに金時を見つけると、笑みを深くした。
「神楽様、ずいぶんと急な来訪で」
「あら、金ちゃん、私来ちゃいけなかったかしら?」
「いーえー。そんなことありませんよ。金さんはいつでも大歓迎です」
「ふふ。お言葉がうまいこと」
鈴が鳴るように軽やかな声が響く。下っ端のホストなんて、彼女のその艶やかさに目を奪われ頬を染めている者もいた。そんな奴らを見つけ、土方は心の中で憐みの言葉をつぶやいた。本人がどういうものか知らないからだろうとはわかっているが、それでも人は外見によらないのだと言ってやりたかった。彼女の場合、外見すらも甘美な毒なようであり、軽はずみに手を出せば棘などではすまされない。
「あら、応援を頼んどいた二人のうち一人がいないけど?」
内心(ほら、見つかったじゃねーか)と本日三度目となる舌打ちをしつつ、彼女の前へと進み出る。
「…それなら神楽様のために準備をすると言って、店内でお待ちしています」
現れた自分を見上げ、不満気な表情をしていたボスも、その一言で思案すると、ゆうるりと唇を引き上げた。
「そうなの。じゃあ、今日は彼の所に行こうかしら。」
「それじゃ、そこまでお連れしますよ」
口調は軽くても完璧なエスコートで金時がボスを誘導する。そして、彼女に続くようにホスト達も店内へと戻ったのだった。
「で、彼はどこにいるのかしら?」
店内を見渡すと、後ろから来ていた土方に振り向いてくる。居場所を教えれば、誰のエスコートも断り、淀みない足取りで個室へと消えていった。
「今日のお気に入りは、ソウってとこかね」
へらへらした笑いを浮べつつそう金時が呟いた。他のものもそれに同調する。
ボスはお気に入りの相手をころころと変えるので有名だった。しかもお目に適うのはとてつもなく容姿が整っているか、会話が上手いかの極上のホストのみ。下っ端のホスト達にすれば、お気に入りになることを目標とするほどだった。そうすればホストの頂点に立てるとでも思っているのだろう。とはいえ、大体がこの金髪の男か、総悟なのだけれど。
金時の言葉を皮切りに、一仕事終わったとみな自分の持ち場へと戻っていく。ああやって個室に入ってしまったが最後、ボスは気が済むまで出てこない。たとえ客の指名が入ったとしても、その時間を邪魔することは誰にも許されていないのだ。
だけど、今回はまたなぜわざわざ応援に来させた男を選んだのか。土方はなんだか違和感をぬぐえない。
そもそも、そこまで人員がたりていないわけでもないのに応援を要請し、他店のNo1とNo2を派遣させるという命令は少し奇妙な話だろう。それで他店の売り上げを考えればどう考えても好ましくない選択だ。そして、理由も告げずに突然の来訪。出迎えにも来なかったホストを指名し、それを何とも思っていないような振る舞い。
それがボスの気まぐれとすればまたそれまでなのだが、不可解なことが多すぎて、なんだか釈然としないものを感じた。まるで、沖田総悟に会いに来たような見方も考えられなくもない。
「結局、ボスは何がしたいんだ?」
「…それがわかったら苦労しませんよ」
思わずこぼれ出た疑問は、新八によってすげなく返される。
そして、それはまさしくその通りだった。
「お久しぶり」
ぬったりと塗られた紅に彩られ、魅惑的に神楽は微笑む。その微笑みに総悟は初めて表情を崩した。それも不満気な表情へと。
「…その言葉づかいやめろィ。虫唾が走らァ」
思いもよらない言葉だったのだろうか、きょとんとした表情になった神楽に総悟は少しだけ不満げな顔を緩める。言いたいことに気づいたのか、神楽は厭味ったらしい笑みを浮かべて近づいてくる。
「あら?なんでかしら?」
猫なで声のように甘く囁かれても、総悟は特に何も感じなかった。感じるのは嫌悪の感情。眉根を寄せて寄りかかる神楽の身体を押し返す。特に抵抗もなく離れた神楽は、返答を促すように総悟をじっと見つめていた。
「…素のお前のほうが好きなんでィ。俺だけの神楽って感じだろ?」
外向けではない、本来の表情を少しだけ忍ばせてうっすらと笑みを浮かべると、今度こそ神楽の綺麗で大きな瞳が見開かれる。と同時に、今まで感じていた艶やかな印象は消え失せ、頬にはうっすらと化粧ではない紅がのった。視線をさまよわせ、明らかに動揺を隠しきれない様子に、そのほうが好ましいと笑みを深める。その微笑ましい神楽を思う存分を見つめていると、観念したのか神楽が小さく唸りながら近づいてくる。そのまま意趣返しのように抱きついてきた。
「…バーカ。お前が私だけのそーごアル。間違えるんじゃないネ」
毒舌を吐いてこられても、痛くもかゆくもなかった。声色に喜色と照れを感じ取ってしまったのだから、嬉しさしか感じない。小さな背中に手を回せば、胸にすりよる神楽を愛しく思う。
今この腕の中にいるのは、裏の世界の者に恐れられる中国マフィアのボスでもなく、ましてやホストクラブのパトロンですらない。ただの沖田総悟を好きだと全身で訴える神楽という少女だけ。そして、腕を回して抱きしめる自分も、彼女の部下でもホストの一人でもない、ただ神楽を昔から好きで何より大切だと思っている。
その事実が何より嬉しいということをこの少女は理解しているのだろうか。
「それにしても、土方さんあたりが不審に思うんじゃねえーのか?俺んとこ来て」
「…どうでもいいアル。もし、私たちを邪魔するのならそれ相応の代償を払ってもらえばいいヨ」
気持ちは変わらなくとも、総悟と神楽の関係はまだ知られてはいけない。それこそ準備が整うまで、誰にも知られることなく事を進めなければならないというのに、思い切った大胆な行動をとがめれば、神楽は冷たく笑いなんでもないように言い放つ。あまりにも予想通りの返答に、こらえきれない笑いが漏れる。
「…くくっひでェなァ」
「少しもひどいと思ってない癖に嘘をつくのはやめるヨロシ」
笑われたことが気に障ったのか、埋めていた顔をあげて睨んでくる神楽に、肯定の意味を込めた嘲笑を浮かべる。二人の障害になるものは、等しく敵とみなすのは普遍の理であり、いささかの躊躇もない。
「今晩はずっと、時間の許す限り、お前のそばにいてやらァ」
「当たり前アル。そのためにお前をこっちに呼んだネ…あっちの店にそう何度もいったら怪しまれるからナ」
気分を変えるかのように甘い言葉をささやけば、憤然とした表情で当たり前だと返してくる神楽。その顔があまりにもかわいので、欲求に突き動かされるまま彼女の額に、軽いリップ音をたてて唇を落とす。すると、処女のように彼女は頬を染め、幸せそうに破顔した。お返しのように頬に唇が当てられ、数秒見つめあうと惹かれあうように口づけを交わした。
今日もまた、二人だけの秘密の逢瀬が幕をあげる。
END
あとがき
相互記念に結菜様のリクエストである、『ホスト×マフィアのボスな沖神(金魂)』な小説を書かせていただきました!
まず、遅くなってしまって本当に申し訳ありません!
そして意味がわかりません!すいません!(最悪だ)書き直して書き直してを繰り返して頑張ったつもりがこんな結果に…orz自分的に満足してしまってるのがまたいけないとおもいつつ、雰囲気だけでも伝えられれば万々歳です(死)これが碧翠の考える金魂です…(汗)
結菜様、苦情も書き直しもなんでも受け付けますのでなんなりとお申し付けください。
遅くなってしまい、本当に申し訳ありませんでした。リクに沿えているか甚だ心配ではありますが、相互記念品として、結菜様へ捧げます。どうにでもしてしまってください。
相互、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
碧翠
2010.5.4追加修正
――秘密の話をしよう。二人だけの秘密の話―――
月のない夜だった。
されど、夜でこそ輝く歓楽街はそんなことなどいざ知らず。派手に装飾された看板は煌びやかに街を照らす。艶やかな衣服を身にまとった各々の店の者達は、夜の街のさらなる光と影渦巻く場所へと人々を誘う。果たしてそれは悪魔の誘いか、はたまた天使の呼び声なのか。それは頬をわずかに紅潮させた人々には知りえぬこと。ここは、嘘と混沌が渦巻く場所であり、光輝く夢のような場所。深夜をとっくに過ぎたというのに、その場所だけは静けさを知らない。いや、これからが本番といったところだろうか。
しかし、その街も一歩小路に足を踏み入れれば、まるで別世界が広がっていた。
隠しきれない夜の街の裏の顔が大きな口を開けている。喧騒すら遠くに聞こえ、街灯など無いに等しかった。代わりに満ちているのは濃い闇の気配のみ。隠しきれない陰の場所には、通常の人間は足を踏み入れることなど考えもしないだろう。恐れることなく進めるのはきっと、闇に身を潜めて生きるその種の者たちだけ。
ふと、静寂を保つその場に甲高いヒールの音が響き渡る。
よどみなく進む足取りは、この空間への恐れなど何一つ感じられなかった。月のない今夜ほど、視界は暗闇に包まれているだろうに、躊躇は一かけらもみられない。一定の速さで動くその足は、真っ赤なピンヒールに包まれ、細い脚は真紅のチャイナドレスのスリットから見え隠れしている。その腕には両手でたりるほどの小さな犬が抱かれていた。純白の毛並みを持つその犬は、彼女の腕から、何かの気配を探るように顔をあちらこちらへと動かしている。
――犬の動きが一か所を見て静止し、気づくいた女もまた歩みを止める。
数秒にもない時間、闇のさらに奥を見据えていた白き犬は、女の腕から抜け出すと迷いなく視線の先の闇の中へと走っていった。そして、女もまた白き犬の行動を予知していたかのように、ゆっくりとした足取りで彼の犬の後に続く。角を曲がれば、そこには壊れかけの街灯がまるで信号を送るかのように点滅を繰り返していた。先ほど歩いてきた道よりもはるかに狭いその場所を、女は特に気にも留めず歩みを進め、街灯のすぐそばで立ち止まる。
人工的な光に照らされ、淡い桃色の髪がかすかな風にたなびく。彩られた唇は、服に合わせて紅が塗られていた。まるで鮮血がごとく潤うそれは、緩やかな弧を描いている。そして、青とも紫ともいえない大きな瞳は長いまつげに彩られ、光の届かぬ漆黒の闇、ただ一点を凝視していた。
視線の先に浮かびあがるのは、男のシルエット。
男は、革靴を響かせて女のほうへ近づいていく。あまりにもゆっくりなそれはまるで女を焦らすように。
足先からだんだんと街灯に照らされて、男の姿が明らかになる。上等な革靴に、これもまた上等そうな漆黒のスーツ。ワインレッドのYシャツはまるで浴びた血のように。腕には先ほどまで女の腕の中にいた白き犬が、男に懐くようにすり寄っている。蜂蜜色の髪が歩く拍子にさらさらと揺れている。
女の数歩先で、男もまた歩みを止める。
女の青き瞳と、男の紅き瞳の視線が絡み合い、同時に浮かぶのはその場にそぐわない柔らかな笑み。
すると、二人をまるで隠すかのように、壊れかけの街灯がひときわ頻回に点滅をし、とうとう役目を終えて光を失う。あたりは一瞬にして漆黒の闇に包まれ、あとには静寂だけが残った。
「え~と、じゃあ、今日から数日よろしくたのむわ」
まるでやる気のない声で死んだ魚のような目を向けるのは、金髪の男。
「…1日だ」
その男に青筋を隠すこともしない瞳孔が開き気味の黒髪の男は、不機嫌そうに一言だけつぶやく。
「ひっじかったく~ん。君ってそんなに薄情だったの?」
「つーか!この店人足りてるだろうがよ!」
「仕方ねーだろ、上の命令なんだから」
「…チッ」
黒髪の男は、自分でもわかっていることを指摘されて、思わず舌打ちをこぼした。
「…すみません、土方さん。ボスも本当に、何を考えているんだか…」
そう苦笑気味に話しに入ってきたのは、優しそうな頬笑みを浮かべたケツアゴの男。
「ああ、てめぇが謝る必要はねぇよ。ただ俺は、こいつが気にいらねぇだけだ」
「俺はあんたが気に入らねぇでさァ。死んで下せぇ土方さん」
ごく自然に上司への毒舌を滑り込ませたのは、蜂蜜色の髪の紅の瞳をもつ男。飄々と言い放った割に、辛辣な言葉が多い彼は、たとえ上司に怒鳴られようとどこ吹く風である。
「うるさいでさァ。土方さん。耳が壊れちまいやさァ」
「てめェが怒らしたんだろうが!…ったく、なんでお前もヘルプで呼ばれてんだよ。うちの店大丈夫なのか?」
「確かにな~。お前らそれでもトップだっけか?ま、金さんには劣るけど」
「…そんな死んだ魚のような目をしたお前には言われたくねェ」
「瞳孔開き気味のチンピラには言われたくないしー」
「はぁ。また始まりやした。ケツアゴ、どうにかしろィ」
「はいは…って、ほとんど会ったこともないのにケツアゴってひどくないですか!?」
「名前しらないんで。それに愛称付けたほうが親しみがこもるってもんでさァ」
「こもるかァァァァァ!!こもってんのは純度100%の悪意だけだァ!」
「さすがだね、沖田君。新八の特徴とらえてるじゃねーか。それと地味と眼鏡と地味とツッコミと地味がこいつの特徴だよ」
「結局地味じゃねぇかァァァァ!!」
結局4人ともが騒ぎ出してしまう。その光景をどこか畏怖と尊敬の念を込めて見つめているのは他の男達。少しだけ派手なスーツと高級そうなアクセサリー。普通の男共よりも格段に端正な顔立ちをしている彼らであっても、ばか騒ぎをしている男4人とは雲泥の差があった。
煌びやかな夜の街との代名詞ともなる歌舞伎町に、この店は位置していた。室内はソファがいくつも並び、棚には高価な酒が置かれている。窓はなく、全体的に暗い雰囲気のこの店は、言わずと知れたホストクラブの名店であった。
名を、Soulという。
他とは別格のホスト達が存在するこの店は、老若男女にご贔屓とされている。その中でも、最も指名率が高く店のNo1とされるのが金髪に、深い紅色の瞳をもつキンこと、坂田金時だった。そして、一応2位に座するのは眼鏡に黒髪、ケツアゴが特徴のシンこと、志村新八。
そして、Soulとは兄弟店である、Changeから応援として来ているのがかの店のNo1とNo2の二人。蜂蜜色の髪に紅茶色の瞳、顔が恐ろしく整い甘いベビーフェイスをもつソウこと、沖田総悟。黒髪に瞳孔の始終開ききった瞳を持つトシこと、土方十四郎。
今回は、数人抜けてしまったホストの穴あきを埋めるためということで二人が駆り出されているのである。ただ、土方が見るところ、人材には困っていないように見えた。それなら、トップが二人もいなくなってしまったChangeの店のほうが十分困るように思える。だからこそ、ボスの考えることがわからなかった。
ボス―それは、このホストクラブのパトロンでもあり、ある裏組織のトップのことである。
裏の世界とつながりやすいホスト業界でも名店と言われ、一目を置かれる存在となってしまったわけには、ホストの質の高さだけでなく、裏世界のドンである、巨大中国マフィア『夜兎』が経営をしていることも理由の大半を占める。そして、その若き女ボスがこの店の実質的なオーナーであった。
「…だからあんたら!……あ、電話だ」
怒鳴りあいを続けていた新八が、胸ポケットにいれてある携帯のわずかな振動を感じて慌てて取り出すと、表示されている名前に一瞬目を見開き、すぐさま通話ボタンを押す。そして部屋の隅へと移動していった。
「…誰からだ?」
「俺に聞かないでくだせえ」
まるで興味がないというように店内をうろちょろとする総悟に、土方はまた一つため息をつく。随分長いことこの少年を見てきたが、いまだに何を考えているのかわからないのだ。はりつけられたポーカーフェイスは一度もはがれたことがなく、見たいとは思わないがそこまでやってて疲れないのかと考えたりはする。とまあ、自分も人の事を言えた義理ではないので口に出したことは一度もないけれど。
そんなことをボーッと考えていると、電話が終わったのか、少しだけ焦った顔をしながら新八がこちらを振り向いた。
「ボスが、後5分で到着するそうです」
「「はぁ?」」
「いや、なんか理由は教えてくれなかったんですけど…ってそうだ、こんなとこで話してる場合じゃないですよ!迎えに行かなきゃ!」
「…はぁ、なんであの女はこう神出鬼没なんだろな」
「俺が知りたいっつーの。とにかく外出るか…」
そうしてあわただしく店のホスト達が外へと飛び出していく。何といっても彼らが後ろ盾のしかもボスだ。出向くのが当たり前だった。
ただ、その中で一人、他のものとは別の方向へ歩みを進めるものがいた。
沖田総悟、その人である。
いち早く気づいた土方は、不審そうに眉を寄せる。
「おい、総悟!どこ行くんだ!外に出るぞ」
「俺は準備してやさァ。ボスだって一人くらいかけててもわかりやせんよ」
「んなわけないだろ…。おい、総悟!!」
「大丈夫でさァ。つか中に入って何も用意されてなかったらそれこそ怒られやすぜィ」
そうして歩みを進めながらも手をにひらひらと振り、奥まった個室へと姿を消すのを見届け、土方は舌打ちをする。あいつは、自分がどれだけあの女に気に入られているかわからないのだろうか。Changeの店に顔を出す時も、必ず彼を指名するというのに。相手は女とはいえ、マフィアのボスである。そいつに対しても態度が変わらない総悟がある意味怖いと思った。そして、その態度に対し何も文句を言わないボスもまた、奇妙だと。
遅ればせながら外へ出ると、車がちょうど着いたところだった。漆黒のベンツから、いかにもという感じのサングラスをかけた男が後部座席の扉を開く。
現れたのはまばゆいほどの白い脚。折れてしまいそうな真っ赤なピンヒールを地面に下ろすと、白いファーを肩にかけ、龍が描かれた真紅のチャイナドレスに身を包む女―ボスが車から出てくる。
総悟ではないが、これまた恐ろしく整った顔を艶やかな笑みで色どり、並んで出迎えるホストを見渡す。すぐ近くに金時を見つけると、笑みを深くした。
「神楽様、ずいぶんと急な来訪で」
「あら、金ちゃん、私来ちゃいけなかったかしら?」
「いーえー。そんなことありませんよ。金さんはいつでも大歓迎です」
「ふふ。お言葉がうまいこと」
鈴が鳴るように軽やかな声が響く。下っ端のホストなんて、彼女のその艶やかさに目を奪われ頬を染めている者もいた。そんな奴らを見つけ、土方は心の中で憐みの言葉をつぶやいた。本人がどういうものか知らないからだろうとはわかっているが、それでも人は外見によらないのだと言ってやりたかった。彼女の場合、外見すらも甘美な毒なようであり、軽はずみに手を出せば棘などではすまされない。
「あら、応援を頼んどいた二人のうち一人がいないけど?」
内心(ほら、見つかったじゃねーか)と本日三度目となる舌打ちをしつつ、彼女の前へと進み出る。
「…それなら神楽様のために準備をすると言って、店内でお待ちしています」
現れた自分を見上げ、不満気な表情をしていたボスも、その一言で思案すると、ゆうるりと唇を引き上げた。
「そうなの。じゃあ、今日は彼の所に行こうかしら。」
「それじゃ、そこまでお連れしますよ」
口調は軽くても完璧なエスコートで金時がボスを誘導する。そして、彼女に続くようにホスト達も店内へと戻ったのだった。
「で、彼はどこにいるのかしら?」
店内を見渡すと、後ろから来ていた土方に振り向いてくる。居場所を教えれば、誰のエスコートも断り、淀みない足取りで個室へと消えていった。
「今日のお気に入りは、ソウってとこかね」
へらへらした笑いを浮べつつそう金時が呟いた。他のものもそれに同調する。
ボスはお気に入りの相手をころころと変えるので有名だった。しかもお目に適うのはとてつもなく容姿が整っているか、会話が上手いかの極上のホストのみ。下っ端のホスト達にすれば、お気に入りになることを目標とするほどだった。そうすればホストの頂点に立てるとでも思っているのだろう。とはいえ、大体がこの金髪の男か、総悟なのだけれど。
金時の言葉を皮切りに、一仕事終わったとみな自分の持ち場へと戻っていく。ああやって個室に入ってしまったが最後、ボスは気が済むまで出てこない。たとえ客の指名が入ったとしても、その時間を邪魔することは誰にも許されていないのだ。
だけど、今回はまたなぜわざわざ応援に来させた男を選んだのか。土方はなんだか違和感をぬぐえない。
そもそも、そこまで人員がたりていないわけでもないのに応援を要請し、他店のNo1とNo2を派遣させるという命令は少し奇妙な話だろう。それで他店の売り上げを考えればどう考えても好ましくない選択だ。そして、理由も告げずに突然の来訪。出迎えにも来なかったホストを指名し、それを何とも思っていないような振る舞い。
それがボスの気まぐれとすればまたそれまでなのだが、不可解なことが多すぎて、なんだか釈然としないものを感じた。まるで、沖田総悟に会いに来たような見方も考えられなくもない。
「結局、ボスは何がしたいんだ?」
「…それがわかったら苦労しませんよ」
思わずこぼれ出た疑問は、新八によってすげなく返される。
そして、それはまさしくその通りだった。
「お久しぶり」
ぬったりと塗られた紅に彩られ、魅惑的に神楽は微笑む。その微笑みに総悟は初めて表情を崩した。それも不満気な表情へと。
「…その言葉づかいやめろィ。虫唾が走らァ」
思いもよらない言葉だったのだろうか、きょとんとした表情になった神楽に総悟は少しだけ不満げな顔を緩める。言いたいことに気づいたのか、神楽は厭味ったらしい笑みを浮かべて近づいてくる。
「あら?なんでかしら?」
猫なで声のように甘く囁かれても、総悟は特に何も感じなかった。感じるのは嫌悪の感情。眉根を寄せて寄りかかる神楽の身体を押し返す。特に抵抗もなく離れた神楽は、返答を促すように総悟をじっと見つめていた。
「…素のお前のほうが好きなんでィ。俺だけの神楽って感じだろ?」
外向けではない、本来の表情を少しだけ忍ばせてうっすらと笑みを浮かべると、今度こそ神楽の綺麗で大きな瞳が見開かれる。と同時に、今まで感じていた艶やかな印象は消え失せ、頬にはうっすらと化粧ではない紅がのった。視線をさまよわせ、明らかに動揺を隠しきれない様子に、そのほうが好ましいと笑みを深める。その微笑ましい神楽を思う存分を見つめていると、観念したのか神楽が小さく唸りながら近づいてくる。そのまま意趣返しのように抱きついてきた。
「…バーカ。お前が私だけのそーごアル。間違えるんじゃないネ」
毒舌を吐いてこられても、痛くもかゆくもなかった。声色に喜色と照れを感じ取ってしまったのだから、嬉しさしか感じない。小さな背中に手を回せば、胸にすりよる神楽を愛しく思う。
今この腕の中にいるのは、裏の世界の者に恐れられる中国マフィアのボスでもなく、ましてやホストクラブのパトロンですらない。ただの沖田総悟を好きだと全身で訴える神楽という少女だけ。そして、腕を回して抱きしめる自分も、彼女の部下でもホストの一人でもない、ただ神楽を昔から好きで何より大切だと思っている。
その事実が何より嬉しいということをこの少女は理解しているのだろうか。
「それにしても、土方さんあたりが不審に思うんじゃねえーのか?俺んとこ来て」
「…どうでもいいアル。もし、私たちを邪魔するのならそれ相応の代償を払ってもらえばいいヨ」
気持ちは変わらなくとも、総悟と神楽の関係はまだ知られてはいけない。それこそ準備が整うまで、誰にも知られることなく事を進めなければならないというのに、思い切った大胆な行動をとがめれば、神楽は冷たく笑いなんでもないように言い放つ。あまりにも予想通りの返答に、こらえきれない笑いが漏れる。
「…くくっひでェなァ」
「少しもひどいと思ってない癖に嘘をつくのはやめるヨロシ」
笑われたことが気に障ったのか、埋めていた顔をあげて睨んでくる神楽に、肯定の意味を込めた嘲笑を浮かべる。二人の障害になるものは、等しく敵とみなすのは普遍の理であり、いささかの躊躇もない。
「今晩はずっと、時間の許す限り、お前のそばにいてやらァ」
「当たり前アル。そのためにお前をこっちに呼んだネ…あっちの店にそう何度もいったら怪しまれるからナ」
気分を変えるかのように甘い言葉をささやけば、憤然とした表情で当たり前だと返してくる神楽。その顔があまりにもかわいので、欲求に突き動かされるまま彼女の額に、軽いリップ音をたてて唇を落とす。すると、処女のように彼女は頬を染め、幸せそうに破顔した。お返しのように頬に唇が当てられ、数秒見つめあうと惹かれあうように口づけを交わした。
今日もまた、二人だけの秘密の逢瀬が幕をあげる。
END
あとがき
相互記念に結菜様のリクエストである、『ホスト×マフィアのボスな沖神(金魂)』な小説を書かせていただきました!
まず、遅くなってしまって本当に申し訳ありません!
そして意味がわかりません!すいません!(最悪だ)書き直して書き直してを繰り返して頑張ったつもりがこんな結果に…orz自分的に満足してしまってるのがまたいけないとおもいつつ、雰囲気だけでも伝えられれば万々歳です(死)これが碧翠の考える金魂です…(汗)
結菜様、苦情も書き直しもなんでも受け付けますのでなんなりとお申し付けください。
遅くなってしまい、本当に申し訳ありませんでした。リクに沿えているか甚だ心配ではありますが、相互記念品として、結菜様へ捧げます。どうにでもしてしまってください。
相互、ありがとうございました。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
碧翠
2010.5.4追加修正
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